外来ミニ講座(コラム)
「ヒトゲノム計画って覚えていますか?」

2023.11.01

新型コロナウイルスの世界的な流行により、ワクチンの開発や変異株の解析などのニュースから遺伝子やゲノムといった言葉を耳にする機会も多くなったこととおもいます。 ところで皆さんはヒトゲノム計画って覚えていますでしょうか。
ゲノムとは遺伝子(gene)と染色体(chromosome)を組み合わせた言葉で、接尾語の「ome」は全体を表すため、遺伝子(遺伝情報)の全体、「全遺伝情報」を意味します。計画は、1990年に始まりました。アメリカ、イギリス、日本、フランス、ドイツ、それに途中から中国も加わり、6か国が分担して解読を進めました。13年後の2003年4月、当時の技術で読み取れるヒト1人分のすべてのゲノムを解読したとして、ヒトゲノムの解読完了が宣言されました。その費用は3000億円以上とされています。ヒトゲノムの解読完了は当時大きなニュースとして話題になりました。解読技術は大幅に進歩して、現在では、1日で1人分を解読することができます。費用は、1人分で10万円くらいです。身近な技術になってきているということもできると思います。 さて、ヒトゲノムが解析されたことにより何がわかったのでしょうか。今まで個性とされていた肌の色や瞳の色、はたまた知能の高さや運動能力にいたるまで、これらの違いはゲノム配列の違いであることがわかりました。言い換えればゲノムさえ改変すればPERFECT HUMANを生み出すことは現在の技術をもってすれば可能なのです。(倫理的に問題があり国際的に禁止されています)遠い未来ではとても見た目がよく理知的で運動神経抜群なヒトが隣にいるかもしれません。とSF小説のような話になってしましましたが、ヒトゲノムの解析は医療の現場ではおおきく活用されています。

もっとも活用が期待されているのが、がん治療の分野です。がんは、紫外線や喫煙などが要因となって、細胞の遺伝子の変化、言いかえると遺伝子にキズがついて、そのキズが蓄積して発症します。 大腸の細胞でみてみると、正常な細胞の遺伝子にキズが1つ、2つと増えると、細胞の形も変化して、ポリープのようになります。さらにキズが増えると、細胞分裂のコントロールが効かなくなり、無秩序に増殖するようになります。がん細胞です。細胞ががんになるメカニズムは、遺伝子の変化で説明できます。ヒトゲノム計画で明らかになった遺伝子の配列とがん細胞の遺伝子の配列を比較することでがんが発生する原因となる遺伝子を突き止めることが可能となったのです。原因遺伝子がわかればその遺伝子変異に対応している治療薬を選択することができます。今後さらなる研究が進めば、いままで治療法のなかったがんに対しても治療薬が開発される可能性があるのです。ゲノムの解析は病気の治療に期待される一方、がんのみではなく糖尿病や高血圧、肥満など生活習慣が影響とされる疾患にも遺伝子の変異が関与していることがわかってきました。近い将来、生まれたときすぐに遺伝子検査をすることで、将来どのような疾患になる可能性があるのかがわかってしまうそんな時代がやってくるのかもしれません。 尼崎中央病院では、白血病などの血液疾患の診断、治療法の選択に遺伝子検査を活用しています。また当院では検査を実施することはできませんが、がん遺伝子パネル検査が保険適応となったことで、患者様それぞれにあった最適な治療を受けられる可能性がひろがりました。ゲノム医療ははじまったばかりの新しい医療の形です。